月刊笑いに生アクセス NO.19
05/10/26掲載 ネット版
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| 手帳がカップヌードル容器に、ボールペンが箸になるモロ版サラリーマン落語 |
サラリーマン落語、モロ師岡
親のすねをかじって生きてる子供らの笑い、かじられてる親の笑いが同じであるはずがない。コントと言うと若い演じ手を思い浮かべてしまうが、立派な大人の滋味溢れるコントはまるで一幕芝居だ。
モロ師岡=写真、鈴木雅巳=が演劇と演芸の要素をドッキングさせた舞台を見せてくれ
る。役者として、テレビに映画に特異なキャラクターを買われて顔を見せるモロだが、
自作自演ができる自由度が高いソロライブでは、さまざまな試みを見せる。
サラリーマン落語が虚を突いた。
考えてみれば、日常生活において、正座は普通、着物姿で手拭と扇子をあたりまえに使いこなしていた時代に、落語家がそれと同じかっこうで座布団に座り物語を演じたのはごくごく当然のことだった。
なら、いま、それをやるとどうなるか。
男ならサラリーマン姿でしょう。
というわけで、高座に上がるモロはスーツ姿。羽織を脱ぐようにおもむろに背広を脱ぐ。扇子をキセルに見立てるごとく、ボールペンをタバコに見立て、手拭を帳面に見立てるごとく、手帖を天狗の羽団扇や起訴状に見立てたりする。
設定は、サラリーマンがくつろぐ昼間の公園。黄色い手帖を縦に丸めてカップヌードル容器に見立て、ボールペンを箸に見立てて、ヌードルをすするしがないサラリーマンの姿には爆笑。食い扶持を稼ぐ元となる、スケジュールを記す会社員の必須アイテムが食物になってる、というわけ。
組織に所属し、上下関係やら派閥やらにがんじがらめになっている男のつかのまの休憩。まどろんだひとときに見た夢を問いただすのは、古典落語の方ならカミサンや長屋の連中だが、モロ版では会社の上司。「俺になら言えるだろ」と日頃の関係を押し付け、かさにかかって男の夢を自白させようとする。ほのぼのがウリの落語が現実味を帯びる。
伝統ある落語の完成された筋立てに、モロさんのコント魂が付加されれば新たな現代落語の地平が開けるかもしれないのだ。
「薮入り」という美談な落語を下敷きにした、ひどい家族が登場する一人コント、そしてラストは、山里にポツンと立つ郵便受けを媒介に時を越え、祖父、親父、息子の間を往還する手紙を読むシーンは一幅の絵画でした。
●・・・・・こんな落語にこんなコントは?・・・・・●
「ミックス寄席/桃白鳥」11月26日。出演=昔昔亭桃太郎、三遊亭白鳥。お江戸日本橋亭(東京・三越前)。03-3999-3225オフィスM’s。
「太田スセリ一人コント新作集/女の一勝!」11月21〜23日。下北沢OFF・OFFシアター。03-5856-3200絹産業きむら
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